HIRO EATS THE EARTH

地球まるごといただきます

痛みから昇華された優しさ(Sidi Bou Othmane سيدي بوعثمان→Marrakesh مراكش)

マラケシュの中心部、たくさんのお店が並ぶメディーナ(モロッコの都市では共通して古い市場がある場所というイメージ)を小一時間ほど歩いた感想です。後ろ向きなことを書きます。しかしこれはものすごく特殊な環境に身を置く自分の完全オレ仕様の感想なので、全然違う感想を持つ人の方がいっぱいいると思います。

マラケシュ、とにかく、みんな、お金がものすごく欲しい。

そして、ぼくはその雰囲気に耐えられない。

メディーナに入る前には大抵門がある

まず断っておかなければならないのですが、盗みだとかそういった危険なことは一切起こっていません。ほとんどはただいつも通り。フレンドリーな笑顔で「ニーハオ」とか「コリア」とか言われて「おい」と突っ込むくらい。自転車の旅人が珍しくて「一緒に写真撮ろうぜ」と楽しむ人もいた。だから上記の感想は自分が言外に感じ取った空気感をベースにしています。

それと、お金が欲しいということ自体は何も悪いことではなく自然なことだと思っています(自分だってそう)。それにモロッコの経済は日本のそれと比べても相当厳しいことはどこを見たってプンプン感じるから、その切実さは自分には想像も及ばぬほどの別次元かもしれない。それこそ彼らの命に直結するような、生きるか死ぬかの、大昔の狩りのような厳しさに通づる部分があるのかもしれない。

旅行者という存在は彼らからすれば桁違いのお金持ちも多いと思いだろう。彼らを相手にする商売は大チャンスのはず。それはもう、本気さの次元が違って当たり前。

ただ、同じ旅行者でも懐事情はお察しの自分がこういう受け取り方をした結果、ただただ過剰に人を避けてしかなくなりました。「懐事情はお察し」と言っても一眼レフカメラやアイフォン、ゴープロという豊かさの象徴アイテムを見える位置に置いているのでやっぱり僕も同じくお金を持っている旅行者と見做されてもおかしくない。立派な「標的」です。彼らの視線が僕の撮影機材に来ているのを確認するとそそくさと立ち去りました。

自転車を押しながら撮るので精一杯の弱気な撮影

旅行好きの間では有名だけど、モロッコの民芸品には美しいものが多種多様だから、普段はショッピングなんてしない自分でも「わあ〜すごい」と小学生みたいな感想が自然と漏れた。マラケシュのメディーナをゆっくり眺めて1日過ごすなんて観光は鉄板コースだと思う。

でも自分はホブズ(1ディルハム=14円のアラビアのパン)以外絶対に何も買わないので、店員さんとコミュニケーションを取るために立ち止まってもオチとして確定的である、相手の冷やかしに対する残念そうな顔が浮かんで申し訳なくなる。ならば最初から話すのもやめよう、となります。

フレンドリーに声をかけられてもそこに売ろうとしているオーラを感じ取ってしまうとすぐに退散してしまう。そのオーラ自体、自分のこれまでの経験を総合した偏見からなる幻なのだろうが、直感人間としてはその幻も無視できない。

かくして、ゆっくり眺めたりもしないので結局大した写真も撮れない。

決定的だったのは路上でパフォーマンスしている人の写真を撮ったらお金をせびられた事でした。「わかった、写真消すよ」とジェスチャーで返答したら彼はとても残念そうな顔をして引き返していきました(相手にとって明らかに嬉しいものではないので撮った写真は載せないでおきます)。

マラケシュは自分が出会った人たちからも特にオススメされることが多く、実際、小一時間ほど歩いてみただけでも可愛いモノ綺麗なもの良さげなものがたくさん見られ、その行間にモロッコの伝統らしい雰囲気が通奏低音的に流れているのを感じられる素晴らしい場所だと思った。ツーリスティックってものにはやはり相応の魅力があるのです。

けど、その土俵に立つためにはお金が必要だと思った。といっても自分は全世界の旅行者の中でもこんな人はなかなかいないというくらいのトップクラスの金欠だからというだけで、学生のバックパッカーとか、普通の旅行者には気にならないかもしれない。それにそもそも自分は可愛いもの美しいものを欲する気持ちもペラッペラに薄いのでそのためのお金を得るための力も湧いてこないのでしょう。

そんな自分が時間をかけるべきはマラケシュのような場所よりも、もっと違う場所だと直感しました。大丈夫、世界は広い。みんなが好きな場所、みんなが見たい場所を好きになれなくてその場に身を置けなくても、みんなが何の関心も持たぬ場所を大好きになってしまってそこに入り浸っても、それだからこそ面白い。それが人生というものの懐の広さであり、神はそんな天邪鬼も見捨てはしない。

この日、事前にFacebookInstagramマラケシュ内の泊まり先を募集してみたけれど、日が暮れる頃になってもオファーはなく、マラケシュ都市部より10kmほど離れたガソリンスタンドでキャンプをさせていただける段取りが確定。そのタイミングでサレSaleでお世話になったご家族の娘さん、ナルジスという女の子がマラケシュ在住のお友達に声をかけてくれて、そのお友達からマラケシュ内のホステル代を肩代わりするという打診をいただいた。タッチの差で舞い込んできたオファーを平謝りしながらお断りした。遠方から心よりこの旅人の心配をしてくれた彼女の優しさを感じた。

ナルジスは僕が家で休んでいる時、自身が昔スペインに留学した時の経験を語ってくれた。彼女は多くの生徒からモロッコ人であるという理由で馬鹿にされたという。ナルジスの静かな様子から滲む感情とその時のスペイン人の生徒たちを形容するために使った「レイシストRacist(人種差別主義者)」という言葉から彼女の受け取った苦しさが窺い知れた。これはもちろん僕の創作と言っても良いような想像なのだけれど、彼女が受けた痛みと、こうして異国を旅するぼくへの心配は無関係と思えなかった。痛みを優しさに昇華できる人間はぼくが最も尊く思う存在だ。自分の立場から彼女のその件にどう接すれば適切なのか不明だが、彼女の辿った一連の流れに対して何か祈らずにいられなかった。

<写真>

マラケシュ付近になると景色は南国っぽい木々と砂地のセットになった

メディーナの路地裏

日が暮れるので郊外に撤収

ロッコでもサッカーが第一スポーツ。荒野で遊んでる姿をよく見かける。

本日たどり着いたガソリンスタンド

女性従業員さんの帰宅方法はやっぱりヒッチハイク。30分近く道路側で待ってやっと車が一台止まった。

スタッフの方からいただいたホットミルクとホブズ

今日のキャンプ風景。ガソリンスタンド付属のカフェのファンシーな庭の芝が気持ちよかった