HIRO EATS THE EARTH

地球まるごといただきます

窃盗容疑をかけられる(マグライMaglaj)

Facebookの投稿へのコメントから例の家族の車はレンタカーであることを知った。よく見るとナンバープレートに事業者名と電話番号が載っている。このレンタカー事業者の記録からお金を貸し出した男、ムスタファの連絡先がわかるのではないかとアドバイスされた。

日本の個人情報保護文化が染み付いている自分からすればそんなことは不可能に思えてくるけど、国が変われば常識も変わる。試す価値はありそうだ。

以前お世話になった好青年のセルビア人、ニコラに連絡し、レンタカーショップへ電話してもらった。ニコラは電話の通信料が切れていたけどこのコールのためにわざわざ店に出向いて通信量を買い足してくれたそうだ。ニコラからは20分ほどで連絡が返ってきた。即応ありがたい。

そしてなんと、レンタカーショップは警察からの要請があれば対応するとのことだった。そうなのか。できるのか。

ニコラはレンタカーショップに電話する際、ぼくの投稿を担当者さんに見せて説明してくれたそうだ。担当者さんはぼくに対してとても申し訳ないという旨のメッセージをインスタグラムから送ってくれた。いえいえ、あなたは悪くなくてむしろぼくの不注意も大きいくらいなのにそんなぁ。

マグライの町にある警察署まで自転車を走らせてレンタカーショップへの電話をお願いすることに。警察官もほとんど英語は話せないので、ここでも投稿を見せるのが1番早かった。Google翻訳はすごい。

30分ほど待ってから言われたのは、対応に時間がかかるらしく、3日から7日ほど待たなければならないということだった。

警察から追って連絡が入るため、安定して連絡を受けるため、電話番号入りのSIMカードを購入した。こんな無理難題が本当に解決するのだろうか。なんにせよ対応してもらえてありがたい。

その夕方だった。

突然Viberで見知らぬ人間からビデオ通話で連絡が来た。

ムスタファだった。

「このヤローどこで何してやがった!」

と、言いたくなる気持ちを抑えた。

彼らはここから80kmほど離れたトゥズラというところにいるということだった。ビデオカメラに映る景色を見る限り、彼は家の中に居て、家族と、おそらく親戚が友人のような人とみんなで一緒にいるようだった。

「これから2時間ほどでレストランに125ユーロを返しに行く」とのことだったので待つことになった。相変わらず英語のやりとりはほとんどできてないがとりあえず何を質問してもイエスと言っている。

ムスタファは画面越しに人差し指と中指で投げキッスをウインクしながら送ってくる。悪気が全くないという感じだ。

いやいや、この四日間、本当に心配だったんだが。いろんなことに心身の労力を割いたんだが。

ムスタファのその態度に腹を立てずにいられなかった。

1時間半くらいしてムスタファはレストランに姿を表した。前回会った時に一緒だった妻のジャスミンとは別の女性が一緒だった。どうやら友達ということらしい。

どうして25日に返しに来なかったのか尋ねた。ムスタファは「車が故障していて動けなかった」と言っていた。どうして連絡をよこさなかったのか尋ねた。「電話をかけたがかからなかった」と言っていた。今回Viberで連絡したのはその友達の携帯電話からだという。最初に連絡先を交換した時はViberを見せて「Viberで電話をかけられる」とムスタファは言っていたはずだ。なんか変だ。

それだけじゃない。現場からレストランまで4km程度。車が動かないとしてもバスでもタクシーでも使って余裕で来れる距離だ。約束した時間に表れなかったことに謝罪もない。自分はいろんな人に投稿で協力してもらったので結局何が起こったのか知りたい。

翻訳機を使ってそういうことを伝えたいのだがなんというか根本の認識から異なっているような、立っている土俵が全く異なっている感じがする。

ムスタファはもう「お金を返したんだから良いじゃないか」「きみに助けてもらった。アッラーに感謝だ。」と言って話をさっさと終わらせようとしてきた。

何から何まで腹立たしい対応だ。

昔からぼくは腹が立っている時は何を言って良いかわからなくなってしまう、納得しないことは確かにあるのにそれをどう上手く相手に伝えれば良いのか言葉が出ない。ただ心拍数が早くなって呼吸が浅くなって身体が熱くなるだけ。この時はさらに言葉がほぼ通じないこともあって、結局ほとんど話にならなかった。

本当のところ何があったのか、これ以上のことはわからなかった。

ムスタファは翻訳機で「時間がない、行かなければならない」とだけ言って行ってしまった。

レストランのスタッフにも彼らの言葉で何かを話して笑い合っている。スタッフは「お金が戻ったんだから良いじゃないか」となだめてきた。

あまり納得いかないことに執着すると逆な自分の身が危なくなってくる気がするので、自分もそのあたりで引き下がった。引き下がった後でレンタカー屋か警察から連絡が来たのかどうか確かめるべきだったことに気がついた。腹が立つとこんな風にエラーも起こる。

ムスタファが去った後、席に座ったぼくにスタッフの人はエスプレッソを持ってきてくれた。別の友達は「気にすんなよ、ボスニアは頭がダメだからさ」と冗談の言葉で労ってくれた。ともあれ、お金は戻ってきた。そこに彼の誠意はあるということだ。落ち着いてゆっくり呼吸した。

 

 

この日いちばんの山はここからだった。

 

作業中のパソコンから顔を上げると縦にも横にも大柄な(スラブ系の人々はみんな大柄である)警察官2人がぼくの席の前に立って睨んでいる。「こっちに来い」と強い語気で外に連れ出された。

外にはムスタファと先程一緒だった友達の女性と、妻のジャスミンが居た。何かを仕掛けてきたのだと悟った。

「何の用だよ?」と英語の話せるジャスミンに問うと「私のお金を返しなさい」と言い出した。

 

え??????

 

警察官2人と原告の3人で何やら話している。

見た感じ警察官が「この男で間違いないか?」と尋ねて原告たちが「そう、この男だ」と確認しているように見えた。

そして警察官はぼくに向かって「マネー、バック」と指示してきた。

いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや

待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て

なんだ?

なぜだ?

あまりの荒唐無稽さに心底ひっくり返りそうになった。

しかし、この場にいる人間のなかでしっかり英語を話すことの出来る人間はいない。

唯一まあまあ話せるジャスミンは原告だ。こちらの主張なんて聞き入れない。最初に会った日のフレンドリーさは皆無。

興奮していて「わたしには子供が2人いるの」「わたしは病院に行かなければならないの」「だからお金を返しなさい」と、捲し立てるような物言いばかり。

そんなだからそもそも彼らの主訴がなかなか掴めない。

「だからなんでだよ!?」と食い下がり続けてようやく分かったことは、彼らはぼくが先程のムスタファとのやりとりの時、彼の隙をついて900マルク(450ユーロ)を盗んだことを訴えている、ということだった。

え???????

すごい金額だ。

荒唐無稽さがとんでもなさすぎて、もしかすると自分の持ち物の中にそのお金をこっそり仕込まれていて、この場で窃盗犯に仕立て上げられそうになっているのではないかと無駄に深読みしてしまって怖くなった。とにかく、全く身に覚えがない。身に覚えのないことは「やってない」と言い続けることしかできない。

それなのに警察は「マネー、バック」とめちゃくちゃ圧をかけてくる。もうぼくがクロだと決めているかのような様子だったと思う。いやいや警察。どうしてそんなにのっけからあちらサイドに傾いているんだ?

「3人もの人間がお前が盗んだと言っている」と警察。

いや、そいつら仲間なんだからあたりめーだ。

証拠も何もないのによくそこまであっちに肩入れ出来るな。言葉が理解できる方の味方かこのやろう。

持ち物検査をするためにレストランの物置倉庫のようなところに入った。少しでも余計な動きをしたとみなされるとガッと抑えられた。そして尚も警察は「マネー、バック」と指示してくる。

ぼくが「ノー、ノー」と少ない言葉で無実を主張し続けて、原告たちは僕が状況を何も理解していないと思ったのか「彼らは警察だぞ」というアピールをしてきた。警察も胸の紋章や腕章、手錠や拳銃までちらつかせてきた。んなことしなくたってとっくに知っとるわ。

何度も「アイノウ!」と答えたが、それを聞かず時折嘲り笑う5人。なんだこのみみっちい集団リンチは。

荷物検査が始まる。リュックを全てひっくり返して上着も脱ぎ、靴も脱ぎ、シャツも脱いで上裸になり、なんならロングパンツも脱いで大事なところも丸見えになった。その間どこかに仕込まれた900マルクが入っているんじゃないかとヒヤヒヤした。でもやっぱりどこにもそんなものはなかった。

ジャスミンが「レストランの仲間に渡したのね?」と言うので「じゃあ全員ここに呼んで来いや」と返しに何人か連れて来られた、当然だれもそんなことはしていない。

結局、証拠はどこにもなかった。

それでも彼らは食い下がってきた。警察もまだ疑ってくる。パスポートを見せ、それをチェックされ、返されるかと思ったらパスポートは彼らのバインダーに閉じられた。いよいよこれは署まで連行か。

ムスタファは「2年の懲役がまっているぞ、金を渡せば済むから早く、頼む」と急かしてくる。ジャスミンは「どこにお金を隠したの?」「わたしは中国(間違えている)を尊重している、あなたもわたしたちを尊重しなければならない、だからお金を返して」「わたしには子供がいて病院に連れていかなければならない」と、謎に情に働きかけようとしてくる。

もはや論理じゃない。感情論だ。力技で勝訴を勝ち取ろうとしている。「お前がやった」「おれはやってない」の押し問答。

荷物検査からも従業員の証言からも明らかにあちらの主張が破綻していることは自明だ。でもここで懸念が浮かんでくる。

もし警察官がグルだったら?日本は経済大国だから、良いカモ、獲れるものは獲ってやろうという肚だったら?あちらは十分なコミュニケーションがとれる。自分だけがまともに話ができない。

ふと、冤罪ってこんな感じでかかるんだろうなと思った。本当に本当に辛い。内臓がキリキリする。自分はやっていないと分かっているからそれでどっしり構えていれば良いはずだけど、相手はぼくを獲りにきている。なんとかして有罪にしようとしている。その攻撃的な感じを受けて締め付けられていく。ただでさえ警察はこの偏向ぶりだ。手錠をかけられる事を想定した。独房に入る事も想定した。

もうこうなれば歴史の中で無実の罪を着せられながらも自分を曲げなかった偉人のように、例え天地ひっくり返ろうとも自分で在り続けるしかない。それだけが自分にできることだ。

息を吐くようにした。とくに言い返そうとしないで、ただ尋ねられたことにのみ応えた。真っ直ぐ立って空を見つめた。精神的に、出来るだけ自分が心地よく居られるイメージに身を置くように努めた。

どうなっても、自分のすることは一貫して無実を主張し続けるだけ。自分の真実を辿るだけ。

ジャスミンが「100ユーロでも良いから返して」と言いだす。これも想定済み。はなから大金でカマをかけて、譲歩した金額をあとから提示気の緩みから掠め取る作戦かもしれない。当然乗らない。

しばらくするとやはり決定的な証拠がないためかだんだん警察からの追及が緩んできた。

そこにまた別の警察官がやってきた。この警察官は昼間、警察署に訪れたときにちらりと話して「日本が好きだ」と言っていた人だった。

彼はぼくに無実かどうかということを尋ねてくれた、これが大きかった。最初の2人ははじめからぼくがやったという前提だったからこんなことは尋ねて来なかった。だからこの問いが出てきたところで光明さす感じがした。

もちろん無実だと訴えた。そこから少しずつ、原告たちがお引き取りいただく流れになっていった。レストランの従業員がぼくは物を盗るような人間でないことを主張してくれて、それも大きかったようだ。そもそも返すお金がないのだから返しようがない。

結局、彼らは帰って行った。終わった。1時間くらいの出来事だったけど何時間にも感じられた。

シロと認定されたぼくに初めの2人の警察は笑顔で「ボスニア、ポリス、グッド?」と親指を立ててきた。

グッドなわけない。なんだ最初のあの圧力は。自分だったから良かったけれど、気の弱い人ならあの圧力だけで罪を誤認させてしまうかもしれない。言葉が通じないなら翻訳のできる人間を呼べば良いのに、普通に話をしようとしない。なんというかバルカン半島の国って防犯の面ではこういうところがある。まず威嚇。それくらいじゃないとやっていけない世界なのだろうか。

一方で、最終的にちゃんと事実のままジャッジされた事が、世界的に見ればまだマシなのかもしれないと思った。

本当に現地人と警察がグルになって罪を被せようとしてくるような場所もこんな時代でも充分あり得る。

少なくとももっと古い時代にはどこの国でもそんなことが、いやこれ以上に酷いことが横行していたんだろうな。

どんなに自分に向かって逆風が吹いてきても自分の中の真実を信じ続けられるか、ということを問われたような気がした。

・・・
本当に疲れた。内臓の全てが疲弊した。レストランの椅子にもたれかかってぐったりした。しばらく動きたくなかった。

ともあれ、お金は無事に返ってきた。ほんとうにほんとうに良かった。

明日からここを出て先に進むことにした。閉店後のレストランの席で深く呼吸した。

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