HIRO EATS THE EARTH

地球まるごといただきます

ベオママ下船(Dakar)

昨晩ロニーへ下船の申し出を綴ったメッセージを送信。それに対する返信は夜中の2時。朝起きてそれを確認。そこにあった船上生活の請求額合計1250ユーロとそこから滲み出る最高潮にアグレッシブなオーラに正直びびった。あの男なら金をむしり取るためになにを仕掛けてくるかわからない。きゅーっと心が萎縮して小さくなる。

一人で抱え込むのが辛く、たまらず起きたばかりのコリーナにメッセージを見てもらった。ゆっくりメッセージを読んで彼女は「これはいつもあまり自分の主張を伝えないあなたがドラゴンになるための大事なステップだわ」とアドバイス。はい。そうですね。もちろんその通りだと思うけれど、いや、世の中、厳しいもんですね。

「ジャカリヤはとても素晴らしいコーチだから彼にも話していくと良いわ」と言われて彼とも共有。「ヒロ、素直に君の希望をロンに伝えるんだ」とシンプルにアドバイス。はい。そうです。そう思います。

ほんと、あたしのこの、いらないところで対人的にセンシティブになるのすっごく困るんですよね。気遣いとかは全然出来ないけれど自分の身の危険は無駄に回避したくなって萎縮する。

9kmを歩いて船まで行く道のり。どうなることやら。

この日の日中は干潮で時間を遅らせてから小舟で迎えにきたロニー。ごくごく普通の対応で小舟に乗せてもらってベオママへ。海上では守る側の立場なので安全管理に徹しているのだと思う。

ベオママに乗船、飴や水をもらったりもした。それから最後部の部屋で二人きりに。

ここで「で、何だ?」とアグレッシブモードに切り替わった。ぼくがなんと切り出そうか考えていると自分のスマホを取り出してぼくの送ったメッセージを声に出して読み上げ、ぼくがベオママを降りたいというところを拾った。

彼の言い回しは出会った時からずっと相変わらずトリッキーであり、所々ぼくにわからない英単語が登場する、難解リスニング問題化しているので、ぼくの理解の速度が追いつかない。尋ね返すともっとわかりにくい表現で返される。できるだけ彼の神経を逆撫でしないようになんとか最低限の理解から推測するしかない。言われたことを大体ざっくりまとめると。

お前がきてからずっと世話をしてやってきてスキルも教えて金もたくさんかかった。お前はろくに仕事もできないから実質何も俺の利益になっていない。ただお前が得をしただけ、これから他の船に乗るときに船で手伝いをしてスキルを得たと言える、この船で撮った写真や動画で自分のコンテンツを作って発信もした、そんな中での一方的な契約破棄、乗船していた分の金を支払ってもらえなければ割に合わない。そういうことを延々と説かれた。

ぼくは申し訳ない気持ちになってきて「ならカーボベルデに行くまで手伝う」と言ったが「もうお前のことは信用できない」ということで下船は確定。それから話はいつの間にかどうやってこの「ファッキンプロジェクト」を終わらせるか、という流れになった。

また「俺はひたすらお前に費やしてやった」と強調されつつ「何かを差し出せ」と言われる。何かを、と言われましても何も持っていない。お金と言われているわけではないので物々交換的にで生きてきた自分なりに「撮影?」とアイデアを提案するけれど、結局彼が求めるのは現金だった。1250ユーロという自分には途方もない額を要求されているだけにそれくらい欲しいのだろうなと思うと全然無理な気がしてくる。どうしたら良いかわからず黙り込んでしまう。

「何か思いつくまでいくらでも待つさ、作業でもしてくるから決まったら呼べ、パスポートも俺が握っている(船長が船員のものをまとめて管理するのがならわし)」と脅しをかけられてたまらず「ノー」と力技気味に食い下がっった。

で、彼がもう少し説明するところから分かったのは「何かを差し出せ」というのは「いくらでも良いから現金を支払え」という意味であることが分かった。彼はノートを開いてぼくのフルネームの下に楕円を書き、そこにいくら支払えるか書けと要求してきた。通る気がしないながらも10ユーロと書き込むと彼はしばらく何かを考え、「これならお前は道端でパンを食べてもいけないな」と文句を言い、ぼくが先日払ってあげた船の燃料代100ユーロを足す意味で「1」を「10」の左に書き加えた。そして「これがお前から俺が得たものだ」とさも「全然足りねえよ」的な雰囲気を醸し出しながら締めた。

この時のぼくは何事もなく無事に船を出ることに必死だったのでろくに何も言い返すことはできなかった。だから後になってツッコミどころは思いつく、彼のコミュニケーションの取り方が日頃から圧迫的でぼくが非常に辛さを感じていたことなど微塵も話題にならず、契約と言えばカーボベルデへの出航日を約束から2度も延期になった時点で契約破棄であることや、30kgのバッテリーが落下して怪我しそうになったのを助けたことや、ぼくの作った写真や動画を自分も嬉々としてインスタグラムに投稿していたこと。彼がぼくの言い分に耳を貸そうとする態度は微塵もなかったように感じられた。最初の威圧的な「で、何だ?」は一応それなのだろうけれど、これはただの形式というか、本質的に威嚇だと感じられた。こう行った態度に彼の余裕のなさがあるように感じられる。

きっとこういう時は彼の言葉を遮ってまでも自分の思いを主張しなければならないのだろう。それがコリーナの言う「ドラゴン」ということなのだろう。負けないように強くなれ。欧米文化だと日本よりもその傾向が強いように思う。これはぼくには難しかった。特に今回、圧迫的な態度に対して萎縮しているのもあるけれど、彼に対して何かを言い出すのは火に火で対抗し、余計に燃え上がらせてしまい、頭の回転の速さ勝負の相手の落ち度の、そんな泥沼入ったら状況が悪化するだけ。そんな気がした。

話を終えた後のロニーは完全に常識人に切り替わり、荷物を忘れないように気をつけながらゆっくり準備するように告げてきた。乗船していたヤンがキビキビと運搬を手伝ってくれて助かった。

ロニーは荷物が飛沫で濡れないようにシートまでかぶせてくれた。

上陸してから準備を終えるまでロニーとヤンは待っていてくれた。

ロニーは「俺は人類を愛している」と言ってハグを求めてきたので応じた。長かった。「ごめん」と伝えると「良いんだ」と返された。そして「ベオママを前進させてくれたありがとう、キャプテン・ロニーはいつでもお前の力になる」と力強く言い残した。

彼は善人だと思う、ただクセが強かった、ただぼくが何となく嫌だった、それだけのこと。きっとこのタイミング、この距離感でなければ尊敬できる人間として見做していたと思う。

圧迫されることによる疲れと、申し訳ない気持ちや「俺が間違っていたのか?」と言う自責の念が混ぜこぜになって疲れてそのままコリーナとジャカリヤ宅でゆっくり休ませていただいた。ぼくがベオママを降りることになったことを残念そうにしていて、彼らのカーボベルデへの旅行にも支障をきたしてしまったことになりそこは申し訳なかった。それでも彼らはそこに関係なく、ぼくをワンピース的な「仲間」だと言ってくれた。

彼らが居てくれて本当に助かった。一つの場所において人間関係が拗れるだけで「自分は他人と一緒にいられないんじゃないか」と思って不安な気持ちになるけれど、彼らのような人が居てくれると「あ、大丈夫だまだ生きていられる」と言う安堵感で満たされる。本当にありがたい。彼らとぼくが出会えたのもロニーのおかげ。最後までこのキャプテンの力に頼らせていただく形になった。