このマクロホリには2ヶ月滞在させてもらった
この期間、9/20くらいまではブログの更新作業に苦戦した。どんな風に旅の記録をまとめていこうか、毎日何か起こるから毎日記録しておきたいと思う。でもちゃんと自分の見たまま感じたままを書こうとすると膨大になりすぎて自分の文章生産速度では全然追いつかない。悩みながら部屋に座している時間が長くなりすぎて気が参ってきて余計に書くのが遅くなった。最終的には1日1日の出来栄えの良さを諦めて、「このブログはメモだ」と割り切ることにした。それ以降はジョージさんとのスケジュールを合わせるために滞在を延長。結局、作業が終わってから2週間も余計に滞在させていただいた。合計2ヶ月。これはこの旅が始まってから最長の滞在期間だ。
それだけ滞在できた理由は、やっぱりなんと言ってもここの家の人たちが本当に優しかったから。アントニスとエヴァとマリアさん、みんながぼくのことを本物の家族だと思ってくれた。
毎日3食、2回以上のコーヒータイムにおやつには必ず呼んでもらった。ご飯は毎食必ず美味しかった。「ポリノスティモ(めっちゃ美味い)!」と連呼する日々だった。
部屋は自分の個室に専用のトイレとシャワー。フロアごと別になっていて、家族みんなが一人の時間をゆっくり過ごせるようにと配慮されていた。おかげで部屋にたくさん引きこもることができた。
いつも会話なんて全然自分から喋らない。言葉の問題ではない。日本にいる時からずっとこんな感じ。いつも話が盛り上がって笑っているというよりも静かに一緒にご飯を食べているときの方が多かった。それでも親しくしてくれるというのがとてもありがたかった。
アントニスは「来年も来てくれよ。その時はギリシャ正教の洗礼を受けさせるよ」と言っていた。自分は既に自分なりの神への信仰(特に名付けたりする必要はない。個人個人で異なって良い)を持って生きている。それはクリスチャンとかムスリムとかブッディストとか、そういう次元よりももっと根源的なイメージで、表向き何と呼ばれることになろうが、なるまいが、それが揺らぐことはないと思う。
洗礼を受けるとすれば旅行先の人々の文化を体験させてもらうのと変わらないノリで受けるイメージ。なので、もし来年、いろいろな都合が合えば、受けるのも悪くないなあと思う。
そういう洗礼を受けるということ云々よりも、自分たちの仲間に入れたいという彼らの心意気が嬉しかった。
昨年は寝場所を探してたまたま出会った現地の人とこんな風に親しい間柄になれるなんてこと、全然想像もできなかった。旅は決していつも人に恵まれるわけではない。けれども世界のどこかには必ず自分との出会いを無条件に喜んでくれる人がいる。それを彼らとの時間から感じさせてもらった。この歩みの先にある出会いをもっともっと見てみたくなった。
アントニス、エヴァ、マリアさんには言い尽くせないほどの感謝の気持ちです。本当に本当にありがとう。必ずまたどこかで。
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出発の時。ジョージさんの到着を待つ間、バルコニーでコーヒー。みんなでお見送りモード。
エヴァはギリシャの修道院で作っているお守りをくれた。ひと玉ひと玉が十字架を意味しているの出そうだ。
ジョージさんの車に乗せる前に荷物を積んで走ってみた。衣類や食べ物、差し入れがあまりにもたくさん。この旅始まって以来最高の重さになった。
ジョージさんの車に全ての荷物を上手に積み込んでもらった。
みんなとハグをしてジョージさんの車に乗った。「いつでもここは君の家だ」最後まで笑顔をみんな向けてくれた。