HIRO EATS THE EARTH

地球まるごといただきます

育ち(Brufut)

引き続きブログ更新作業を進めていました。7日分更新。なんだかんだ集中力がないなぁと思います。意識が横ブレしやすい。

今日書いたのもなんかぐらぐらしてます。笑

今泊まらせて頂いているお宅はフランス人の旦那さんとガンビア人の奥さん、それに男の子と女の子の2人がいます。ガードの男性が3人。住み込みの家政婦さんが1人働いています。

旦那さんはフランス人とマダガスカル人のハーフ。フランスに拠点のある会社で不動産関連のお仕事をリモートでされていて、いつも誰かしらと電話しています。常にイヤホンをつけて家の中をうろつきながら話しています。安定感のある落ち着いたカッコいいローボイスのお方です。

奥さんはガンビア人。自ら立ち上げた協会を母体とした学校の運営のお仕事をされていて、忙しそうに出掛け回ったり、やっぱり家にいるは誰かといつも電話で話し込んでいます。見た目はアフリカンなのですが話し方とか書いた文字から知性が滲み出ていらっしゃるのが感じられます。

2人兄妹のジュナイドとレティからはずっとディスタンスを取られています。挨拶してもなかなか返事されんし、目が合ってもすぐに逸らされます。暇な時間スマホでアニメやゲームをやっていて見ているお父さんが「そろそろやめなさい」的なことを言っているのを見かけます。彼らはナンシーが設立、運営したモンテッソーリ教育学校に通っています。学校でも家でも本やおもちゃがいろいろ置いてある。ジュナイドはぼくの旅写真を見るとあれこれ知ってることを話し出していて、たくさんの教育資源に触れる機会を持てている感があります。この辺、アフリカで出会ってきた同年代の子供達とは全然ちがう育ち方だなぁと感じます。

親子の接し方はずいぶんリラックスした印象です。力で押さえつけるようなことがありません。娘さんの叫び声はよく聞こえてくるけどそれをとがめるようなこともありません。子供に雑用を命じたりするようなこともありません。そういえば東欧やアフリカの家庭っていつもお父さんが子供に食べ物やタバコのお使いを命じてるのを見かけました。家父長制的な雰囲気の中、大声で威圧するような躾け方をしているのをよく見かけました。このご家庭ではそういうことは一切ないです。ナンシーもガンビアの学校に入れることを考えた時に特に「体罰が嫌だ」ということを話してくれて、パワーに依らない接し方を心掛けているんだと思います。

ここに来る前のガンビアの家庭の子供はイスラム教学校のコーランを学ぶダラーに通っていると言っていました。そして挨拶して名前を紹介し終えるとすぐに「ギブミーマネー」と呟いてきたのでした。別の子はカメラにすぐに触ってきたり。この辺、躾された子供に慣れてるとギョッとしたり「なんじゃこの無礼者的」なジャッジが出てきやすいですが、まあ普通に断れば良いだけではあります。その後もすごくフレンドリーであり、一緒に歩いてて手を繋いできたり、話しかけてきたり、壁の薄さを感じて微笑ましい。避けられたりなんてことはない。むしろどんどん寄られます。

教育とかコミュニケーションとか対話とかメンタルコーチングとか家庭心理学とかチームビルディングとかマネジメントとかこの辺、最近どんどん進歩してきている分野で自分もその素晴らしさを感じているので近代っ子の方が素晴らしいとついぞ思ってまうのだけれど、いやいやと思い直す。人生はインプロビゼーション諸行無常、終わりなく続く冒険。子供の頃に素敵な人間関係とか教育資源とか恵まれた体験ににアクセスできてもできなくても、いつも自分の捉え方次第である、という言い方の方が本質に近い感じがする。こんなこと大きな声で言っても角が立つだけだろうから小声で言うけど、むしろ子供の育ちには何一つ全く関係ない、と今の自分は定期的に思うようにしています。世界が自分の作出であるという見方に立つともう自分以外のものって関係なくなっちゃうので。そこんとこはいずれ詳しく書きたいですが今はもっといろいろ目を凝らして見てみようと思ってます。

家政婦さんがいつもご飯ができると声をかけてくれて生き返ります。いつも「これは何て名前?」と尋ねて忘れるのが日常です。

飼い猫のジンバがよく足にすり寄ってきます。「猫は快適な心地でいるプロフェッショナルだ」とイギリスのヨガの先生が言っていたのを思い出します。