HIRO EATS THE EARTH

地球まるごといただきます

ふつうに書いて撮るということ

いまさらなことを言うだけなんですけれど、ただ、すべきことを普通にするってこと。平常心ってことが、もんのすんごいことなんだなと思うわけです。なんでまたその今更なことを言い出すのかといえば自分がそんな事、まだまだぜんぜんできてないからなんですね。

情報がびゅんびゅん飛び交う現代社会、いろんな目立つ人が目につきます。すんごくユニークなことしていたり、すんごくかっこよく見える感じのひとがいたりとまあ〜、それはもう、自分が手を動かすことも、その手を動かしていた意味も一瞬で吹っ飛んじゃって、そっちの方を見やっちゃうんですよ。ぼくの場合は本当にそうでしてね。そういうわけなもんで、こうして更新が滞ったりすることも普通にあるわけです。反省反省。

今、自分ができることでやっていきたいことってのは表現の足跡を残すことです。自己満足でもなんでもいい。ただ、書いて、撮る。誰かの心を打つとか、社会の役に立つとか、そういうことを考え始めるとなにもできなくなってくるんだ。繰り返すぞ、今、書きたいこと、撮りたいことを、ただ書く。撮る。それ以上は求めなくてもいい。理由というものもいらない。理由はあとから自然とわかること。いや、むしろずっとわからないくらいでもちょうどいい。

そんな心持ちを「平然と」できるようになりたいな。平然と当たり前にやり続けられることこそが本当にすごいことなんだと信じていることをやり続けるのみであります。そんな今年の豊富っぽいような意気込みです。

だってもう、本当に思うんですよこれは。どんな人を見ても、本当にすごい人のとにかくすごいところって、「続けていること」ですよね。よくよく見てみると毎日毎日すごいパフォーマンスを出せてるわけじゃないし、調子の悪い時なんてのも当たり前にあるでしょうね。すごいってことはそんな中でも続けたり、しのいだりできることなんですよね。「ああ、もう本当はダメダメなんだけど、とりあえずここは最低限やるんだ」と針のムシロのみたいな状況でもかろうじて手足を動かしているみたいな。

更にね、いろいろな人から良くも悪くも、反応ってやつが飛んできたりするんだけど。いやもう、すごい人になると、そういうことももうあまり見ていないように見えますね。いや、見てるっちゃあ見てるんだけど、実にサラッとしてる。一瞥してるくらいで、次の瞬間には自分のすべきことをまた、始めている。やっぱり、並大抵のことじゃないですよね。「平常心」は言うは易し行うは難しの代表じゃないかとおもうなあ。

おいでなさっていただきありがとうございます。

いまさらなことをたしかめてたしかめて、ずっとたいせつなことになっていきます。

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