昨晩泊まらせてくれたジェロさん宅に滞在させていただけることになり、彼の事務所のあたりでずっと一緒に座って報告文を書いていた。途中お昼ごはんや甘いお茶を何杯もいただき、砂糖の摂り過ぎが気になって途中から遠慮した。このアフリカンらしいずっと座ってるだけのひまな時間を味わうこともまた人々の暮らしに溶け込むステップかも知れないとぼんやり思う。夕方からナンシーの紹介してくれた青年パテと合流した。
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小さなネットカフェの一角に20代くらいの若い男子が集まって「パスポート」とか「ドキュメント」とかいう言葉が混じった会話をしている。自分の隣に座っているパテから不意に「バックウェイって知ってる?」と尋ねられた。
「バックウェイ」は主にヨーロッパやアメリカのような経済大国への移住を目的とした国外脱走のこと。リスクは大きい。
ガンビアから地中海へ向かう途中のモーリタニアやリビア、アルジェリアで捕まって強制送還。最悪殺されてしまうこともある。地中海を渡る船は正規のものではなく、充分な性能が備わっていないのでここで事故に遭うこともある。ヨーロッパに渡れたとしても強制送還させられるケースも多い。
それでも多くの若者がトライする。平均20歳くらい、若ければ15歳くらい。それほどガンビアでの暮らしに希望が見出せないということだと思う。自分も実際ここまでの道中で目撃してきた。初対面からかなり軽いノリで肩を組んできて「お前日本人か?俺たちもう友達だよな。おれ日本に行きたいんだ。」という、もう移住を狙う魂胆が見え見えのティーンエイジャーとか、「毎日米ばっか食ってるガンビアなんて嫌だ、ヨーロッパや日本に行きたい」と不満を叩きつける10歳くらいの少年とか。
セネガルからガンビアに入った時の第一印象は「時代が一昔前になった」という感じだけど、物がない、仕事がない、経済状況はカツカツ。もし自分がそんな環境で生まれていたら何を思っているだろう。多くの人が抱えているであろう自国への不満を想像しながら静観していた。
パテに「バックウェイにトライしたことある?」と尋ねた。答えはノーだった。生活はどこに行ったって苦しいものだと思う。豊かさは自分の捉え方次第。足るを知る発想を持つことが幸せの秘訣だと思う。という旨のことを言っていた。こういう発想を持って生きている人がいることを知れて良かった。ガンビアの人を応援したい気持ちが膨らむ。
日本で暮らしてからこちらに来ると本当に物質的には何もかもが足りていない。水道や電気や道路環境といったインフラからしてまず楽じゃない。しばらく暮らして慣れてくると楽しむ余裕が出てくるし、そんな中でも彼らの方法で切り抜く姿に素直に感銘を受けるけど、初見では本当にただびっくりする。そんな中でも実直に生きようとする人間の顔と名前が自分の記憶に刻んでおけるのはありがたい。それがそのまま「こんな状況でも明るく生きる人がいるんだ」というぼくの希望になる。
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パテはガンビアンらしい訛りの強い英語を話すので何度も「え?今なんて?」と聞き返してしまった。不器用なんだけど心根が純で真っ直ぐな良い人なんだろうなと思う。
朝ご飯には砕いたピーナッツと米を混ぜた「ニャンカタン」をいただいた。日本のものよりも太いオクラが添えられてる。
ジェロさんが友達と話して笑ってるところ。
ほぼこんな感じでみんなと一緒にたむろしていた。何杯もお茶を淹れてもらった。
夜ご飯にはじゃがいもとチキンと玉ねぎ炒めにパスタを混ぜたセネガンビア風焼きそばとでも呼べそうなものをいただいた。子どもっぽい味嗜好の私好みだった。
ジェロさんの奥さんに招かれて一緒にテレビを見ていた。
マーヴェルスーパーヒーローのアライグマみたいな動物が主人公のやつ(名前知らない)を見ていた。外は雨が降っていて、度々電波が途切れ、結局結末を迎える前に電波途切れが深刻になって断念した。雨季のガンビアの電気系統は不安定。停電なんか毎日である。
マンディンカ語で「ドンゴ」と呼ばれるダンスをジェロさんの長女に教わった。