HIRO EATS THE EARTH

地球まるごといただきます

金策不要論(Brufut)

近くに来ていた日本人の自転車旅人のあさひ君と会って近況報告や情報シェアをいただいた。

どんなふうにこれから旅をしていくかの話題なるのだが、話はお金の問題に行き着きやすい。行きたいところを考えるにしても入場料が気になるとかビザ代が気になるとか。ましてやぼくらの場合はカツカツ運営になりがちな旅しながら創作物(ブログ、動画)で稼ぐスタイル。話は景気の良い方向には行かず、あれができないこれができないと道を塞ぐような発想になりがち。

旅人に限らず、自分のやりたいことをしながら生きていくということはカツカツしやすく、そこに希望を見出せずにやりたいことを断念する人も少なくないのだろう。

自分には他人に耳を傾けていただけるだけの目に見える実績というものはない気がするが、金の解決方法をひとつ掴んでいる気がするので書いておきたい。

やりたいことをやってしまうのだ。

アーティスト活動ならやってしまって見せてしまうこと。そしてそれを続けていくためにお金が要るならそれも含めて伝えていくこと。本音を言ってしまうのだ。うまく言えないこともあると思うし、誤解を生んだりもするかもしれないから、臆するならまずは近しい人から始めるのが良いのかもしれない。自分が本音ムーブを開始したのはフリーのカメラマンをやり始める2015年くらいだったけど、当時は逆に近くに話せる人もいなかったので先にネット発信の方に行った。それから本当に信頼できる仲間と繋がりはじめたのはネットを介してだった。何にせよできるところから攻めていったら良いと思う。とにかくできる範囲から少しずつ本音を広げていく。自分はもうずっと自分の活動のことしか考えていないのでマネタイズの土俵があるアート活動的な話になるけど本音を伝えて人生を進める動きはもっと普遍的なように思う。旅行へ行く、会いたい人に会う、食べたかった物を食べる、そういう単発のレベルからでも同じなのだろうと思う。

自分の場合は本音を伝えるのはもうめちゃくちゃドキドキする。これを潰されたり無視されたら自分が終わるというくらい大事な代物なので。逆に言えばそういう心身の反応が来たらチャンス。普段から本音をしまい込む事になれると本音が何なのか掴めなくなったりもするので、こうした心身の反応は頼れるサインとなる。

で、投げ銭もらいながら旅がしたいというドキドキするくらいの本音を伝えるとありがたいことに応援してくださる方が現れた。お陰様で今日もこうしてブログを書いている。自分の場合、およそ大半の生活を回せている人が通っている「実力が認められる」ということではなく、「お情けで助けてやろう」というお気持ちで保っているのかもしれない。両親からも「人の金もらって旅するな」と苦言を呈されたこともあり、自分は誰からも尊ばれることのない下賤な身にでもなるのかと何かと人目が心配になったが、今はそれは別に重要でないことが分かり、むしろこの未開拓ゾーンを進んでみたいという純粋な興味となっている。

自分でない誰かから受け取ってきた常識の枠を外せば方法は無限大になり、ごちゃごちゃと考えて手が止まったりすることもなく、ただ直感的に自分の作りたい物を作るだけになる。ただ本当の自分でいる、それを喜んでくれる人はいる。自分の直感や本音を形にすることは初めは潜在意識レベルまで染み込んだ常識が邪魔して鈍かもしれないけれど、それでも挑み続けているうちに磨かれてどんどんキレが増してくる。金策をはじめとした戦略って本当はいらない。それはそれを楽しめる人のためのアトラクション。興味なければスルー。それよりもどんどん本音を掴み形にすることに集中すると面白い。本音の自分に集まってくる人や物って自分も好きになれるし金もそこに含まれる。金に人生がついてくるのではなく、人生に金がついてくる。それをこれからよりディープに体験して行く予感がする。

娘さんの髪の毛の三つ編みをゆっくりとっているところ。時間がかかりそうな作業だけど「私たちには時間があるわ」と奥さんが清々しく言っていて素晴らしいと思った。

旦那さんと息子さん。4人家族。

あさひ君と話している間、二人分の大きなマンゴーとハイビスカスのジュースとクッキーでおもてなしいただいた。

一緒に写真。

奥さんと一緒に写真。