ちょっと余裕が出てきた。すれ違う人たちに笑顔を向けることができる感じがする。怪訝な顔のように見える人もちゃんと笑ってくれる。
ブルガリアは人と関わるハードルがなかなか高い印象だった。が、それは誤解だったように思う。ハードルは自分が作ったものだった、という部分も沢山あると思う。
旅そのものが続いてきたこと、トルコでたくさん見ず知らずの人達と笑顔で関わってきたこと、所持金が少なくなってきてからなにか心の奥のほうの大切な部分が吹っ切れた感じがすること、いろんな要素がいりまじって醸し出すオーラみたいなものに変化が起こっているのかもしれない。
自分が笑顔でいればちゃんと相手も笑顔になる。世界は自分の写し鏡でしかない。世界を旅しているようで自分自身を旅しているのだと思う。
移動は30kmほどだった。
差し入れのバターのパックの中に入っていたパイ。甘い。クルミ入り。生地が美味しい。
眠った場所周辺に春の気配。ウメ科の植物かもしれない。
道路のゴミ箱の中に何か動物の上顎らしき骨が。。!すごい。。
移動開始。昨晩差し入れをくれた人に挨拶しにいく。
すると、お茶することに。
ノトフェさんという人だった。
1時間以上は話をした。観光にオススメのブルガリアの古い村の場所、家族の話、美容院を将来立ち上げたいという話、ブルガリアの歴史の話。自分からは南極の話や日本の宗教の状況のことを話した。
翻訳機越しでも一気に日本語200字分くらいは話してくる。積極的な人だ。
時間を気にしなければならないのでキリのいいところで出発した。けれども面白い話を聞かせてもらえて良かったし、出逢えたことを純に喜んでくれる人と時間を共有することが貴重なことだと改めて思った。
ありがとうございます😊
近くで戦死者を祀る記念碑があるというので撮りに行った。
静かな空間を眺めて
出発。また遺跡のような家が立つ町や草原は冬の枯れ木が並ぶ森を通り過ぎていく。
日が暮れてきた。
進路から少しだけ外れたところに修道院がぽつんと建っているようだったのでどんなものだろうと思って立ち寄ってみた。
この建物は廃墟になっていた。
こちらの家で人が暮らしている気配。
奥のほうにこじんまりとした教会。
そこから右に目をやると広い景色。日が落ちていく。
教会を清掃している人が2人いた。いきなり現れてびっくりされるかと思ったけれど、にっこりしていたので旅の途中であることをジェスチャー伝える。
そして思い切って寝場所の相談をした。
すると「ちょっとまってて」と合図をされて居住地っぽい建物の中へ。
また建物から出てきて「パスポートを渡して」と指示された。どうやら中のシスターさんからOKが出たようだ。わぁーすごい!修道院泊だ!ありがたいです😊
このベッドで寝させていただくことに。
残り物だったっぽい食べ物をいただく。すごく美味しかった。ご飯の方は細かく刻んだ肉とマッシュルームが混ざっていて味付けが大好きなやつだった。
アップルパイはなんというのか、生地全体がとても美味しくてりんごも自然なかんじで、とにかく日本で食べてるものとは一線を画すかんじ。冷えてても美味しい😊
素晴らしい場所に泊めさせていただいたなぁ
ここにはシスターの他に60歳くらいのファザーも住んでいて、その方もとても優しい人だった。「ラキアでも飲むか」と注いでくれた。
バニツァ(ブルガリアのパイ)をライブで作っているところを見させていただいた。
といた卵にヨーグルトを混ぜて生地とフェタチーズとを混ぜて、ブルガリアのバニツァはこうしてつくるのかー!
オープンでゆっくり焼く。香りがたまらない、、、、!!!!!😍
出来立ての熱々を食べさせていただいた。バニツァとヨーグルトを一緒に食べるのがブルガリアの定番らしい。みなさん食べて悶絶してる姿を微笑ましく眺めてくれた☺️
翻訳機を使ってでしか意思疎通ができなくて、あちらもそういうコミュニケーションには慣れていなかったので、互いの身の上話くらいしか出来なかったけれど、自分としてはとても安心した楽しい時間を過ごさせてもらった。
宗教施設やそこに関わる人々の静かで落ち着いた優しい雰囲気は好きだなぁと思う。衣食住の困難を常に抱える自分にとって都合がいいというのはどうしてもあるけれど、それを差し引いても、自分はそういう気をまとったものが好きなのだと思う。
この日の夜は雨が降った。久々にギリシャで教わった通り右手で十字を切った。